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○林芳正さんのパーティーへ行ったら、飯田先生がパネリストで、いろいろ面白い話があったので、以下ちょっとだけメモ。


●リーマンショックの直後に、「これで資本主義は終わったか?」というアンケートに対し、「そう思う」という答えはアメリカでは1割以下だった。日本だとこれがすごい比率になる。信念がないから、意見がぶれやすい。

●「母を訪ねて三千里」は、イタリアに住む少年がアルゼンチンに出稼ぎに行った母を追い求める物語だった。つまり戦前は、アルゼンチンの方がイタリアよりも豊かな国だった。でもアルゼンチンが経済政策を間違い続けたために、立場は逆転した。

●「小泉・竹中が悪い」という声をよく聞くが、2001年から07年にかけての日本は、格差も広がっていないし、ニートやフリーターも減っている。格差が拡大し、ニートやフリーターが増えたのは不況だった1996年から2000年にかけて。不況は全員の暮らしを1%ずつ下げるのではなく、1%の人の暮らしから100を奪う。

●デフレ時代になると、スター経営者がワタミとユニクロとマクドナルドになる。が、それでいいのだろうか。

かんべえの不規則発言 (via pdl2h) (via yaruo) (via gkojax)
2010-04-15 (via gkojay) (via takaakik) (via appbank)
みんないい加減 「ベンチャー系の外食屋」 を疑おうぜ。オジちゃん悪い事は言わないからさ。そんなもんに金を落とさなくたって、あちこちに老舗の居酒屋とか小料理屋とかあるだろ?ボロボロの外観なんだけど常連客が常にいるような店が。そういう所の方が絶対に安全で美味い物が食えるんだから、もっと積極的にお金を落として応援しようよ。な?

われわれ人間の脳には、あらかじめメタ知識がプログラムされている。われわれは、単に物事を知っているのではない。「物事を知っている」ということ自体を知っているのであり、そのことが、自分は何かを知っているという「感覚」を生み出す。

例えば、人の名前をど忘れてしまったが、本当はそれを覚えていると感じる場合がある。なぜわれわれは、自分は本当は覚えているということを強く確信できるのだろう? 肝心の情報にアクセスできないでいるのに、それでも「知っている」と感じるのはどういう状態なのだろうか。

 とある常駐先に合流した私。そこのまとめ役の人にこんなことを伝えられたんです。「ここでは毎朝9:15に軽いミーティングを行ってますので出席してください。」てな感じで。

 もちろんその時の私の反応は「えーーーーーーーっ」というものでした。だって毎朝集まるなんてめんどくせーの一言じゃん。週一のミーティングでさ え意義を感じないことがほとんどなのに、それをここでは毎日ですか?そんなことして何になるんだよー、と不満たらたらでの参加だったのですが。

 ところが。これが実際にやってみると意外とラクなんだ。作業を進める、という意味合いにおいて。

 まず朝、どこからともかく人が湧いて出てきます。会議室とかミーティング机に集まるという訳ではありません。それこそ誰かの机の周りに群がって、という感じで。周りから見たらそれこそミーティングというよりはただの雑談(笑)。

 で、始まるとまず「その日の連絡事項」が簡単に告げられます。今日□□さん休みですとか、今日の3時エレベータ止まりますとか。使われるのはせいぜい1、2分。

 その後、参加者各自が「これから何をやるのか」てなことを簡単に述べます。それこそ一人頭30秒~1分位ですかね。これによって「この人は今何をやってるか」というのを把握していくと。

 で、肝はここからです。ある人がこう言います。「で、今ちょっとここで決めかねてるところがありまして。○○さんと××さん、すいません後で時間貰えますか?」○○さんと××さん、その場で「いいですよ」と返答してこの場ではその話終了。

 ↑ここが素晴らしい。問題点の解決を試みるのではなく、問題点をいつ解決しようか、ということだけに議題を限定してる訳です。ここ重要。ノート取っておけーテスト出すぞー。

 これを各人廻していって、合計せいぜい10分位ですか。これでおはり。「じゃあ宜しくお願いしまーす」と散り散りになっていきます。さっき呼びかけた人と呼びかけられた人は資料片手にミーティング机に向かっていきます・・・というのが毎朝の恒例行事でした。

 いやね。「世の中の会議の99%は不要説」を声高々に叫びまくってる私がこんなこと言うのもなんなんですけど。これは非常にうまく機能してました よ。他の人の状況がこれで大体頭に入りますし、何よりも忙しそうにしてる人の作業中断させて教えを乞うようなストレスから解放される。かなりデカいですこ れは。

 割り込む側ではなく、割り込まれる側からしてもこのメリットは大きいです。いきなりやってこられて質問されるのと、予め予告された上で質問される のとではそりゃあ全然違いますよ。作業が中断されない(自分で調整できる)のもありがたいし。そのちょっとの間に質問される側が「より優れた答え」を用意 できる、なんてこともありますし。

 まさにXPで言うところのコミュニケーションですよね。スタンドアップミーティングが「その場」になるのではなく「きっかけ」「触媒」として機能していくと。


 さて。じゃあここまで読んで「そんじゃあウチでもスタンドアップやるぞー。毎朝集合だー!」と息巻いてるそこの貴方。

 ちょいと待った。話はまだ終わってない。まだ続きがあるんだ。今からそれを話しましょうか。

 その後も毎朝のミーティングは続いていきました。しかし、時が経つにつれ、当初感じていたメリットは薄れ、代わりにデメリットが頭をもたげるようになってきました。

 まず、この風景を見ていた上司(直属ではなく、さらにその上の上司)がこんなことを言い出しました。

「せっかく集まってるのに議事録を取らないとは何事か」

 その次の日には議事録当番が決められ、当番の人は各人の喋ったことをひたすらメモ、終了後時間をかけて議事録を作成、展開ということが行われるようになりました。

 次にプロジェクトの進行が思わしくなくなると同時に、次々に人員が投入されるようになってきました。するとこんな苦情が出てきました。

「そんなところでやられちゃ適わん。会議室でやってくれ」

 毎朝会議室が確保され、ミーティングはそこで行われることになりました。イスに座るようになってしまい、時間が長くなってもいいようになってしまいました。

 そしてトドメは上司さん(同じく直属ではない)のこんな一言でした。

「このプロジェクトの進行がかなり危うい状況です。したがって私も参加します。ユーザさんとか周りの方々に関してもできるだけ参加して頂きます。日々の問題はここで解決することにしましょう」

 こうして、毎朝毎朝、各作業担当者は各問題点を、その場で発表、解決しなければいけなくなりました。出席することが苦痛となり、皆が皆、理由をつけては欠席するようになりました。

 こうして、毎朝10分のスタンドアップミーティングは、毎朝1時間半の存在意義の無い、会議の名を借りた『儀式』と変わり果ててしまったのさ。

 ちゃんちゃん。めでたしめでたし。

09:15の儀式 (via hepton-rk)

印刷して上司に読ませるべし。楽しくないと続かないのと、同じやり方がいくら効果的でも少しずつ変えていかないと飽きてくるって、誰かが言ってた。

(via daxanya1)
1 丸暗記でなく理解して勉強を進めること
2 最初の記憶から1カ月以内に復習しないと必要ない知識と判断されて忘れてしまう
必ず復習すること

具体的には復習は次のプランでやる
学習した翌日に1回目の復習
その一週間後に2回目
2回目の復習から2週間後に3回目
3回目の復習から1カ月後に4回目
計4回の復習 期間は全部で約2カ月になる

最初の記憶から1カ月以内に復習しないと必要ない知識と判断されて忘れてしまう
必ず復習すること
3 1日6時間以上寝ること
4 基礎から応用へというステップで勉強すること
5 一つの科目を集中して勉強してから次の科目へうつること

その他勉強効率を高める+α
Ⅰ 好奇心を持って勉強すると脳にθ波が生じ記憶力がアップする
Ⅱ 喜怒哀楽といった感情を絡めながら勉強すると扁桃体が刺激され記憶力がアップする
Ⅲ 空腹や寒さは脳に危機感を感じさせ記憶力がアップする
Ⅳストレスはマイナス要因 ストレスは記憶を阻害する

なお入試まであまり時間はないし脳は疲れることはないので時間の許す限り勉強し続けること
目が疲れた場合は目の内側の窪みを押し上げるように押すといい
reretlet:

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友だちの家のPCの動作がおかしいというので見にいった。だいぶ古くて起動に十分もかかる状態だったので、さしあたり彼女が必要としているDVDの再生ができるようにクリーンインストールすることにした。

彼女の仕事用の携帯電話が鳴り、彼女は私にことわって出た。はい、いつもお世話になっております。いえいえ、はい、なるほど、担当がそのようなことを申しましたか。

彼女は五分ほど電話で話しつづけた。ほとんどは相槌だった。いろいろな種類の、さまざまな重さの、一定以上の温度を保った相槌だ。彼女はそのあと、仕事にしてはいささか親しげに短く笑って、いいえ、いいんですよ、と言ってから電話を切った。

私はBIOSを確認し、それを覗いた彼女はなんだか怖そうな画面、とつぶやく。怖くないよ、これはWindowsの下に入っているソフトなんだよと私は説明する。

ディスクがかりかりと音をたてて書きこみをはじめる。私は彼女の出してくれた冷たいお茶をのんで訊いてみる。ねえさっきの電話、あの相手って、おじいさんかおばあさんでしょう。

彼女はちょっと目を大きくして、そうそう、おじいさん、うちのチームで扱っている物件のオーナーさん、と言う。彼女の仕事は不動産の仲介だ。土地や建物を持っている人たちからそれを預かって管理を請け負い、誰かに貸す。

電話をかけてきたおじいさんは彼女の会社のやり方に納得がいかずに電話をかけてきたようだった。彼女は小さなチームを率いているので、ふだん担当していない相手でもそうやってかけてくることがあるらしい。私ねえ会社で「シルバーキラー藤井」って呼ばれてるんだ、おじいさんとおばあさんの相手が得意だから。彼女はそう言って、私たちは笑う。

なんかこつがあるのと私は訊く。ない、と彼女はこたえる。特別なこつは要らない、彼らの言い分を頭ごなしに否定しないでちゃんと聞いてそれから現状を説明すればだいたいわかってくれる。うちの会社に建物を預けているのは彼ら自身の意志だけれど、でも管理会社なんて彼らの長い人生からしてみたら「後からやってきてごちゃごちゃ言っていろんなことを押しつけてくる連中」という側面もあるわけ。だからね、契約上はこうですって言って押し通すのがいちばん良くない、意固地になっちゃう。

彼らはそれで電話をかけてくるんだけれど、彼らは個別の要求を、たとえば今回だったら自分の指定した業者さんに冷房の修理をさせたいってことなんだけど、それを絶対のんでほしいと思ってるんじゃないんだと思う。彼らが必要としているのは対等と尊重の感覚なんじゃないかな、そうしてそれはちゃんと伝わるものだし、それが伝わればこちらの事情も理解してくれるよ。みんなそんなめちゃくちゃな人間じゃない、ビジネスとして成立しているような内容なら、話せばだいたいわかる。

彼女がそう話すので、私はいたく感心した。なかなかそうは思えないよ、うるせえな契約書よめや、って思っちゃう人もいるでしょう、どうしてそんなふうに思えるの。

彼女は少し考えてから言う。管理会社は彼らにとって新しいもので、新しいものはほとんど必ず人を傷つけるって、私はそう思ってるの、だからかな。

説明を求めると彼女は自分のPCを指さす。たとえばあなたはコンピュータを直してくれるでしょう、直せるからあなたはコンピュータが来たのが怖い人のことをわからないかもしれない。でも「さあ新しくて便利なものが来ましたよ、どうぞ使ってください」と言われた相手は必ず薄く傷つくと私は思う。なぜかっていうとそれは今までの、その人が慣れしたしんできたやり方を否定することになるから。新しいものをもたらす側はある種の権力者だから。新しいものを学習できないかもしれないという不安を与えて、「あなたのはもう古いので捨ててください」と否定するから。

それだから新しいものをすすめる側はなるべくその傷が深くならないように対等と尊重の感覚を持ってもらうようにしなくちゃいけない、だって私たちはべつの場面では傷つく側、古い側、脆弱な側なんだもの。

彼女はそこで話を切り、私がしきりと感心するのに照れて、私おばあちゃん子だったんだよと言った。

新しいから傷つける - 傘をひらいて、空を (via kml) (via nemoi) (via uncate) (via otsune) (via kogure) (via tiga)
2010-06-27 (via gkojay) (via bo-rude) (via tiga) (via yaruo)
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殺意の波動シリーズ